C☆love活動

生活に潤いを与えるワードを紹介しています

交通流量調査員のアルバイトの思い出

「やったことがあるアルバイト」

 

今もあるのかなぁ?大阪市内の扇町公園だったと思う?記憶が確かではないのだけれどていうか今の冬場の扇町公園というとホームレスの溜まり場であまりイメージが良くないのだが、そのむかし「学生相談所」略して「学相」ってのがあって、大学生時代はアルバイトをよく紹介してもらった。あれは学生のための職安みたいなものだよね。あれはいったい何だったんだろう。今のアルバイトニュースの前進みたいなものだったと思っているんだが、結構小汚い木造の建物だったと記憶している。今の職安の方が鉄筋で2階建てで立派。そうでもないか?

季節が冬になるとそこへ行って交通流動調査のアルバイトを紹介してもらった。紹介のシステムはあまりよく覚えていないのですが、たぶん年齢や容姿、もっと言うならば学力が不問。誰でも採用してもらえる。昔の口利きやみたいなイメージというと悲惨だね。おそらく冬という季節性のこともあって継続して3日以上はできなかったんじゃなかったのかもね。そもそも長期のバイトじゃないけどね。やはり今でいう処のホームレスの炊き出しみたいなもんか?だいたい1交差点に6名ぐらいが立つ、カウンターチェッカーを持って右左に3人ぐらい一組になって人の流れと車の流れを数える。

当時は野郎ばかりの採用だったと思う。連れていかれた場所は、大阪の日本橋の交差点陸橋下山際(ヤマギワ)電機のそば、当時でも人通りより車どおりがメインの交差点。しかも日陰で冬場、なのでとても寒い。中に慣れたやつがいてペンキ缶(一斗缶)を拾ってきて5寸釘で空気穴をあける。電気製品の梱包用ケースなどの木を集めて簡易トンドをする。3人なので一応カウントする真面目そうなやつを一人残して、後は燃やせるものを集めに日本橋中に散らばる。当時は町中(まして電気街)には、お金以外のものはなんでも落ちていた。ビルとビルの間には燃えそうなものがいっぱいあった。黒門市場も近かったので食品用の木箱なんかもある。それを勝手にばらして焚き付けにする。結構集めるのも楽しかった。最初は火が興らないのだが、やり始めてしばらくすると食品の油なんかがしみ込んでいてキャンプファイヤーよろしく大炎上し始める。結構いい匂いもした。とても暖かい。そうなってくると誰かが通報する。警察と消防が駆けつけてひどく怒られた。最後は「火の始末をするよう」と厳しめに言われて無罪放免になる。今だったら新聞沙汰だよね。真似しちゃだめだよ!

今でいうところのシフト制でもないので3人で朝9時から夕方5時までの長時間のバイト。いろんなやつがいて(学年や学部)友達ができた。決まりも何にもない。火が消えないようにするのと激しく興らないようにするのが決まり。これがバイト?時給280円くらいだったかな?